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FLAT HOUSEを探しに行こう!(1) 平屋は都内のどこ...

2018年04月17日

アチュー・ワークス

FLAT HOUSEを探しに行こう!(1) 平屋は都内のどこにある?

FLAT HOUSEに住む#8

FLAT HOUSEを探しに行こう!(1) 平屋は都内のどこにある?

ここまでFLAT HOUSEのメリットや種類を見てきて「平屋に住みたくなったけれど、いったいどこを探したらいいの?」という疑問を抱く方も少なくないと思う。今回は、再開発によって今や激減の一途をたどる首都圏におけるFLAT HOUSE探しの話をしよう。

都心のFLAT HOUSE

東京都心でトークライブをすると、質疑応答の時間に「現在◯◯区に住んでいるのだが、都心にFLAT HOUSEはないのか?」という質問をもらうことがある。答えは「ない」である。もちろん、シラミ潰しに探せば皆無ではないだろうが、筆者の定義するような平屋は無いに等しいといっていいだろう。不動産サイトで山手線内側の物件を検索してみても、木造一戸建ては二階建てしか引っかかってこない。奇跡的にあったにしても家賃が非現実的な額だったり、持ち家でご高齢の家主が何十年も住んでいるといった物件であることが多く、一般の会社員が借りられるような手ごろな賃貸平屋は絶望的である。

木造二階建て(ペイレスイメージズ/アフロ)

都心ではその地価の高さから、木造住宅もどうしても2階建て以上になってしまう。

東京のFLAT HOUSEは左半分にある

みなさんが東京都と解釈しているのは、23区のある東側=右半分ではないかと思う。しかしそれ以外に26市3町1村(島を除く)があるエリアが、東京の西側=左半分にあることをご存じだろうか。この左半分は23区よりも広く、東京の面積の3分の2を占めている。人口は都民の3割ほどしか住んでいないこともあって認知度は低いが、広さからいえばこちらの方が「東京」なのである。

このエリアのほとんどはもともと農地で、戦後ベッドタウンとして開発されたいわば「郊外」。それだけに緑も多く環境が良いため、戦前から文人や芸術家が「武蔵野」と呼び好んで住んだ地域でもある。現在は「都下」や「多摩地区」などと呼ばれ、住宅のほかに大学なども数多く点在している。


そして筆者がここで話しているFLAT HOUSEもこのエリアに多く分布している。というのも米軍基地がこの都下に集中しており、それに関連する仕事を生業とする人々が住んでいたのが木造平屋だったからなのである。また、基地周辺には学校や教会といった関連施設も建てられ、それに従事する軍人以外の米国人も暮らしていた。そのため米軍ハウスや文化住宅ではない彼らが住む家も少なからずあった。そしてそれらも多くは木造のFLAT HOUSEだったのである。

東京 福生市にある教会の一部分。一見、米軍ハウスに見える。


同じく東京 立川市にある教会。ここも基地があった時代の名残。やはり米軍ハウスに見える。

FLAT HOUSEと国道16号線

この東京都下をスパッと貫く国道がある。16号線だ。神奈川県横浜市を起点に東京・埼玉を経由し、千葉県へとぐるっと円を描いてつながる環状線で、この16号線が通るエリアにFLAT HOUSEは多くある。

あまり知られていないが、16号線は太平洋戦争前に旧陸軍が敷設に関わった道路であり、朝鮮戦争やベトナム戦争時には米軍の軍事物資の運搬に重用されていた。「軍用道路」と揶揄される所以だ。特に平屋が多いのは神奈川県の大和から埼玉県の狭山の南北およそ100kmの間。理由はいうまでもなく、この間の沿道に米軍基地がある、またはあったからである。よって、この界隈をつぶさに探せばFLAT HOUSEに出会える確率がグッと高くなるというわけだ。それを考えれば、地方都市でも基地がある街や昔あった街には米軍ハウスや文化住宅があるはず。周辺に住んでいる人はもとより、地方移住を考えている平屋ファンもぜひ探してみていただきたい。

FLAT HOUSEの穴場

FLAT HOUSEは、米軍基地があった街あるいはある街=べースタウンにある、といっても広域だ。しかも今や数が少ない木造平屋、見つけ出すことはなおさら容易なことではない。ではベースタウンのどういう場所にあるのだろうか。まず注意したいのは、駅のそばにはほとんど残ってないということだ。駅周辺の物件は地価の高さから再開発が進んだ90年代初頭以降売却されるなどし、そのほとんどが消滅してしまっている。集落で建っていた平屋は、土地を広く必要とするマンションに打って付けの物件と、デベロッパーの格好の餌食となった。大型集合住宅にとって代わられて、すでに久しくなっているケースも多い。また運良く残っていても高家賃だったり、すでにオーナーが代替わりして税金対策から解体待ちだったりすることがほとんど。例外もないことはないが、そのエネルギーと時間は別に振り向けた方がよさそうに思う。


穴場は駅から離れた住宅街だ。交通の便が悪いエリアには、古い平屋がそのまま放擲(ほうてき)されているケースが少なくない。東京の福生市や神奈川の大和市、埼玉の狭山など現在米軍基地や自衛隊基地がある周辺には、駅から離れた住宅地に埋もれるように点々と残っている。このようなエリアをつぶさに探せば、背の低い切妻屋根のシルエットを見つけ出すことができるだろう。ただし、税法の改正から取り壊しが急ピッチで進んでいるので安心はできない。1秒でも早く動くことがますます肝要になってきている。

築60年のFLAT HOUSEも破壊されるのは一瞬。こういうシーンは極力見たくない。

まずは地図を拡げよう

基地がない地域であっても諦めるのは早い。もし近くに広大な緑地公園があるならば、そのエリアは要注目。その昔そこが米軍基地、あるいは関連施設だった可能性が高いからだ。現に原宿の代々木公園は米軍住宅の街「ワシントンハイツ」だったし、世田谷の砧緑地は米軍専用のゴルフ場、埼玉県の稲荷山公園は米軍施設の一部だった。かといって集落で出会えるような可能性は今の首都圏では低いが、運が良ければ一般住宅の間に取り残されたようにぽつんと建つ米軍ハウスには出会えるかもしれない。まったく米軍ハウスなどないと思っていた住宅街を歩いていたら、突如そんな平屋に遭遇することが時々ある。こんなところに!? と驚きでしばし見入ってしまうが、なるほど隣町に米軍施設があったという話を聞いたことがあったっけと腑に落ちたりする。拙著「FLAT HOUSE LIFE 1+2」に掲載の鈴木邸は、まさにそんな住宅街に突如現れる米軍ハウスだ。

都下の閑静な住宅地の二階家の間に、まるでバージニア・リー・バートンの童話「ちいさいおうち」のようにポツンと建つSさんの米軍ハウス。吉祥寺からもさほど離れていない街で、ここまで状態の良い米軍ハウスに出会えるとは思ってもみなかった。 

こちらも散策中に見つけた米軍ハウス。ここも都心からさほど離れてはいないものの、最寄り駅までは徒歩20~30分は歩きそう。


また、集落で建つ文化住宅にも出会える可能性は高い。米軍基地には自衛隊やその関連施設が隣接していることが多く、そこで働く職員や労働者が住んでいたのが文化住宅だったからである。筆者が住んでいた三鷹市のFLAT HOUSEはまさにそんな立地にある平屋集落で、入居当時の住人の半分はベースタウン時代にできた近隣のアメリカンスクールの教師たちだった。中には、建てていた最中に米国人教師がやって来て、完成したら借りるので二棟くっ付けたサイズのものを建ててくれないかと依頼され造ったという、他の平屋より大きめの一棟があったりした。そんな面白い物件に出会える可能性もある。


調布市・小金井市・三鷹市にまたがって広がる都立野川公園の前身は、国際基督教大のゴルフ場。かのダグラス・マッカーサーもその設立に尽力したといわれている大学である。この周辺にもかつて米軍ハウスではない外人用住宅がたくさんあった。 


とにもかくにもまずは地図を拡げてみよう。そして基地周辺はもちろん、公園を示すグリーンの多いエリアも同時にチェックしよう。

さて、次回はFLAT HOUSEを探しに行く前にすることのお話。乞うご期待!


アラタ・クールハンド arata coolhand

(イラストレーター/文筆家 東京出身)

ロゴタイプの制作からパッケージデザイン、広告、CDアートワーク、洋服の企画などを仕事とする。2009年と2012年に東京都下周辺の古い平屋ばかりを網羅した『FLAT HOUSE LIFE』を発刊し(2017年に『FLAT HOUSE LIFE1+2』として復刊)その後一冊一軒の平屋にフォーカスしたよりマニアックな『FLAT HOUSE style』をシリーズ化して自費出版。今夏には九州の平屋だけを集めた『FLAT HOUSE LIFE in Kyushu』をリリース。幼少期に山口県の外国人向け平屋住宅での生活を体験、その後東京都下の文化住宅や米軍ハウスでの暮らしを経て、現在は都下の文化住宅と九州の米軍ハウス2拠点を軸に活動する平屋フリーク。

最終更新日:2018年04月17日

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