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京都、加賀だけじゃない 江戸にもあったご当地野菜

2017年05月12日

中川 寛子

京都、加賀だけじゃない 江戸にもあったご当地野菜

新宿名物はトウガラシとカボチャ

京野菜(写真:アフロ)

京野菜(写真:アフロ)

江戸東京野菜は現在45種類 

昭和40年頃まで野菜は農家が自分で育てた種苗、あるいは近隣で買った種苗から栽培されることが多く、地域ごとに在来種があった。ところが、その後、より収穫量が多く、病気に強いなどといった手間のかからない品種が作られ、現在では全国の農家がそうした品種の種苗を購入して野菜栽培を行っている。地域ごとに特徴のある大根が作られていた時代から、全国で同じ種類の大根が作られる時代になったのである。


また、日本の都市はどこも明治期以降に成長、拡大しており、かつて都心部にあった農地の多くは商業地や住宅地に変わってしまった。そのため、栽培されなくなったご当地野菜も少なくない。


それが平成20年前後から見直されてきているのは、地名を冠した野菜を復活させることで地域の農業や文化などを活性化させようという意図。JA東京中央会は平成23年に「江戸東京野菜」という呼称を定め、江戸市中と多摩地区でかつて栽培されていた在来種を登録しており、その数、45種類。どんなものがあるか、以下、紹介しよう。

新宿でトウガラシ、カボチャ、品川でカブ

江戸東京野菜として登録されている品目のうちには、昔はここが農地だったのか!と驚くようなものがある。代表的なのは新宿で作られていた内藤トウガラシ、内藤カボチャ。江戸時代、今の新宿御苑を中心に東は四谷、西は代々木、南は千駄ヶ谷、北は大久保に及ぶ広大な土地に徳川家譜代(関ケ原の合戦以前からの家臣)の大名、内藤家の屋敷があり、当時の町名は内藤町。そのため、新宿トウガラシではなく、内藤トウガラシと呼ばれていたわけである。


町おこしのために立ち上げられた「内藤とうがらしプロジェクト」。多種多様な商品が並んでいた


内藤カボチャは内藤家の屋敷で栽培され、宿場町だった新宿の名物と言われていたとか。その後、角筈、淀橋(現在の西新宿、歌舞伎町と新宿の一部)でも作られるようになり、角筈カボチャ、淀橋カボチャと言われた。都庁を始めとする高層ビル群、ネオン華やかな歌舞伎町にその昔、カボチャ畑が広がっていたと想像すると不思議である。


農業協同組合法施行50周年記念事業として、JA東京グループが平成9年から都内50ヵ所に設置した「江戸・東京の農業野外説明板」のひとつ、新宿区早稲田にある穴八幡神社境内の早稲田ミョウガの碑


新宿区ではトウガラシやカボチャ以外にも、低地の広がっていた早稲田界隈で早稲田ミョウガが栽培されており、当時の記録には早稲田にあるのは水田か、ミョウガ畑のいずれかだとまで書かれていたという。

同様に今では農業のイメージが全くない品川でも、江戸時代にはカブが栽培されていた。これは北区滝野川周辺の滝野川カブが広まったもので、長さが20センチメートルほどもある大根のような形をした甘味の強いカブ。漬物に最適だったそうだ。これらのうち、内藤トウガラシ、早稲田ミョウガは町おこしのため、復活させようという動きがある。

谷中では栽培されていなかった谷中ショウガ

名称としては残っているものの、その地ではあまり栽培されていなかった野菜もある。代表格は谷中ショウガだ。谷中と聞くと、寺町で知られ、その大半が高台にある台東区の谷中と思うだろうが、江戸時代に主に栽培されていたのは谷中本村と呼ばれた、東京低地にある荒川区西日暮里一帯。低地のため水に恵まれ、排水が良い、ショウガ栽培に向いた土地で栽培され、谷中の寺社がお盆にお中元として利用したことから、「盆ショウガ」とも呼ばれて、今では葉ショウガ全般を谷中ということがあるほど。その昔から夏の食欲増進のためによく食べられており、江戸っ子が好んだ酒の肴のひとつ。明治以降は千葉、埼玉その他で栽培されている。


名称は有名だが、栽培されなくなっていた野菜としては練馬大根も挙げておきたい。練馬区は今も農業生産量の多い区のひとつだが、現在の主力は、都内ナンバーワンの生産量を誇るキャベツ。平成元年以降、練馬大根復活を目指し、地元の農家ががんばっているそうだ。


逆にその土地で今も栽培されているにもかかわらず、あまり地名と認識されていない野菜もある。小松菜だ。名称の由来となったのは現在の江戸川区の西部にあった小松川村。今も同じ町名はあるものの、昭和に入ってから荒川放水路の工事や町の合併などで変遷を経ているため、当時と今では区域はかなり異なる。

だが、江戸川区は現在も全国有数の小松菜の産地となっており、江戸川区産の花や野菜を応援するイメージキャラクターえどちゃんは小松菜をイメージしたもの。面白いことに小松菜は江戸川区以外でもあちこちでキャラクターのモデルとなっている。


新小岩ルミエール商店街のキャラクター、よしむねさま&こまつなっち。よしむねさまが頭に乗せているのは、鷹狩りで使ったという鷹


たとえば、その昔の小松川村に近い、葛飾区新小岩ルミエール商店街のキャラクターは小松菜名づけの親と言われる徳川八代将軍吉宗と小松菜がモデルの「よしむねさま&こまつなっち」。埼玉県八潮市には、その名もずばり、「ハッピーこまちゃん」がいるし、千葉県船橋市のちば統括農業協同組合のキャラクターは地元の船橋ブランド小松菜を栽培している畑から生まれた小松菜の妖精「西船なな姫」。癖のない味同様、小松菜はどこでも愛されているのだろう。

多摩地区のご当地野菜、のらぼう菜、ウドは今も健在

宅地化などで農業が衰退した地域が多い東京都23区エリアと異なり、多摩地区では当時から作り続けられているご当地野菜がある。全国的にも有名なのはウド。幕末に吉祥寺で栽培が始められたそうで、現在も立川市・武蔵野市・国分寺市・小平市などの多摩地区を中心に栽培が続けられている。特に全国一の生産量を誇るのがムロと呼ばれる、地下に掘った穴の中で栽培される「軟化ウド」。冬場の味である。


のらぼう菜のおひたし。多摩地区では春ともなると、のらぼう菜を使った料理を出す飲食店が増える


春の味として地元で親しまれているのがのらぼう菜。菜の花の一種で、江戸時代に何度かあった飢饉で多くの人を救ったと言われる。おひたしやてんぷら、胡麻和えなどどんな調理にもあうことから、今も多摩地区では広く栽培されている。


新宿御苑で開かれていた江戸東京野菜市場。野菜のほか、内藤トウガラシを解説した書籍、トウガラシをモチーフにした絵葉書なども売られていた


こうした江戸東京野菜のうち、前述したように一部は少量ながら復活、栽培されるようになっており、多摩地区などのJA直売所で販売されていることも。都心部では新宿御苑内のレストラン、カフェが江戸東京野菜をテーマにしたメニューを提供。新宿御苑では新宿門横インフォメーションセンター前広場で定期的に江戸東京野菜市場を開催してもいる。

参考サイト

最終更新日:2017年05月12日


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