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麹町と神田。同じ千代田区なのにこんなに土地価格が違う理由とは...

2019年05月09日

中川 寛子

麹町と神田。同じ千代田区なのにこんなに土地価格が違う理由とは?

地形と歴史で価格が決まる

麹町と神田。同じ千代田区なのにこんなに土地価格が違う理由とは?

市ヶ谷駅周辺。周辺には大学や学校が点在しており、高額なマンションなども多数あります

千代田区は麹町区、神田区が合併して生まれた

同じ区内でも、あるいは道を1本隔てただけでも土地の価格は変わります。その背景には様々な要素がありますが、大きなものとしては地形と歴史が挙げられます。千代田区の例からみていきましょう。


まず、どれだけ土地の価格が違うのでしょうか? 下の表は千代田区行政基礎資料集(平成30年版)にある地価公示価格の平均値をまとめたものです。ここで見ていただきたいのは麹町地区、神田地区の数字です。明らかにかなりの差があることが分かります。麹町地区が高く、神田地区が安いのです。


麹町地区、神田地区で土地の価格は違っています ※千代田区行政基礎資料集(平成30年版)よりキャプチャ


千代田区は東京の中心にあり、どのまちも交通の利便性には恵まれています。特に神田駅から北側は多数の路線が走っており、複数路線、複数駅が使える場所も多く、その点だけでいえば神田地区のほうが便利なはずです。しかし、土地の価格で見ると神田地区のほうが安いのです。


この違いを解く第一の鍵は千代田区の成り立ちにあります。千代田区は戦後の1947年3月15日に隣接する2つの区、つまり麹町区と神田区が統合して生まれました。戦前の東京市には今の23区よりはるかに多い35区があったのですが、戦争で多くの地域が焼失、人口も大きく減少しており、そこからの立ち直りのため、区の整理統合が行われたのです。他にも台東区(浅草区と下谷区)、文京区(小石川区と本郷区)、大田区(大森区と蒲田区)など、23区内には隣接する区が合併して生まれた区がいくつかあります。

麹町区は主に台地、神田区は低地にあった 

さて、その昔の麹町区、神田区の境には日本橋川が流れています。神田川から水道橋駅近くで分岐、千代田区内の飯田橋と三崎町、九段下と西神田、大手町と神田錦町・内神田の間を流れ、日本橋を経て東京湾に注ぐ川で、現在はその上を首都高速が走っています。


それを頭に入れた上で、地形図を見てみましょう。下図はグーグルアースの上に東京地形地図という、土地の高さが色分けで分かる地図を重ねたものです。ここではその上に千代田区内にある駅のいくつかを記してあります。すべての駅を入れると駅名が重なるなどして見にくくなってしまうため、位置関係がつかめる最低限だけを入れてあります。


千代田区の地形を色分けしてみると、皇居から東側に高台があり、それ以外は広く低地があることが分かります ※グーグルアースの上に東京地形地図の地形図を重ねたものをキャプチャ


見て分かる通り、千代田区は皇居とその西側の台地とそれ以外の低地からなっています。そして、麹町区は日比谷から有楽町、丸ノ内、大手町などの低地も含むものの、おおむね台地上にあり、神田区は神田駿河台を除けば低地にあるのです。 


皇居・半蔵門近く。正面に見えているのが霞ケ関エリア。左手に見える皇居と反対の右手側が台地です


実地にこれを理解するためには地下鉄駅の出口付近にある標高表示を確認するという方法があります。たとえば麹町駅は26.8mですが、神田駅は4.6m。ずいぶんと違いがあることが分かります。


麹町駅の標高表示。ちなみに20m以上あれば武蔵野台地上と考えられます


神田駅の標高表示。10m以下の場合には防災を気にしたほうが良いエリアと考えたほうが賢明です

歴史も価格を左右する要素

つまり、基本的には土地の高低と価格はリンクしているのです。これを理解するためには歴史を知る必要があります。江戸時代は身分によって住む場所が決められていました。大名、旗本など身分の高い人は標高の高い、安全で快適な場所に住み、町人と呼ばれた一般の人は低地に住んでいたのです。区画の大きさもそれに比例していました。大名屋敷は広大な土地を占めており、それが明治以降に華族の屋敷となり、さらにその後、官公庁や大学、病院、公園などになったのはよく知られている話です。


たとえば千代田区内では麹町区内の永田町に国会議事堂、総理大臣官邸、参議院第二別館、その他の元華族の屋敷跡がありますし、大学・学校では上智大学、大妻女子大学、雙葉学園、日本歯科大学など挙げ始めたらきりがないほど。転用事例はかつての麹町区に多いものの、神田区でも高台の神田駿河台には華族の屋敷跡利用の施設があります。逆に神田駅周辺などのように区画の小さなエリアは職人さんなどが住んでいた場所です。


外堀通りから神田駿河台方向を見たところ。坂になっており、上ったところに日本大学や生保本社のオフィスビルなど大きなビルが集まっています


ただ、そうなると不思議なことがあります。低地である日比谷から大手町にかけてのエリアはどうして土地の価格が高いのでしょう。この一画は徳川家康が江戸に入った時には日比谷入江(必ずしも今の日比谷公園辺りのみを指すわけではなく、もっと広いエリアだったはずです)と呼ばれており、低地どころか、まだ海でした。ところが現在はオフィス、商業施設が建ち並び、冒頭の表では業務特化地域とされています。表に戻ってみていただければ分かりますが、区内でも最も土地の価格の高いエリアなのです。


開発が続く丸の内界隈。土地の高低以上に利便性やオフィス機能の集積などが価値となってきた地域です


これはこの地域が皇居、かつての江戸城の近くにあり、大名屋敷が集まっていたエリアだったという歴史によるものです。元々が広い土地でしたから、オフィス、官庁などを作るのにふさわしいと判断され、明治期から開発が行われてきたのです。その後、紆余曲折はあったものの、現在も開発が続く地域であることはご存じの通り。そうした歴史の蓄積、それによる利便性の向上などが土地の低さというハンディを大きく跳ね返しているのです。


丸の内エリアではさらに価値を向上しようと、オフィスだけのまちから買い物や散策が楽しいまちへと変化が続いています


以上、千代田区を例に土地の高低や、誰にどのように使われてきたかという歴史がまちの価格に大きな影響を及ぼしていることをまとめました。もちろん、例外的な要素もありますが、高低、歴史のふたつを知ればまちのことがより深く理解できるというわけです。


千代田区の旧町名を解説する案内板はまちごとにデザインが違い、探す楽しみもあります


最近では東京メトロが駅の出入り口に標高を掲示したり、自治体が電柱に同様の表示をするなどで、簡単に土地の高さが分かるようになっています。自治体によってはまちの歴史を知るための案内板を設けてもいます。そうしたものを参考に住みたいまちの地形、歴史もチェックしてみたいところです。


●「麹町駅」「神田駅」周辺から物件を探す


参考サイト 

最終更新日:2019年05月22日

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