ページトップへ

Yahoo!不動産おうちマガジン は家探しのヒントが満載の情報サイトです!

>
>
上皇陛下が仮住まいなさる「高輪」ってどんなまち?

2019年07月29日

中川 寛子

上皇陛下が仮住まいなさる「高輪」ってどんなまち?

大名屋敷、寺も多い歴史と緑の土地

上皇陛下が仮住まいなさる「高輪」ってどんなまち?

高輪エリアの中央を走る二本榎通り沿いに建つ高輪消防署二本榎出張所。高輪はこうした歴史ある建物が点在するまちです

旧奥州街道沿いの高台、だから高輪

2019年4月30日に退位された上皇陛下、上皇后陛下がしばらく仮住まいなさるのは港区にある高輪皇族邸。明治期以降の地図を見ると高輪御殿、東宮御所と名称は変遷しているものの、ずっと皇族方がお住まいになってきた場所で、現在の建物は1973年に高松宮邸として建設されたものです。


右手のこんもりした緑の場所が高輪皇族邸。敷地の周囲にも緑が多く、それもこのまちの特徴です


立地する港区高輪は第一京浜(かつての東海道)と桜田通りに挟まれた南北に長い高台でこの地域の中央を走る二本榎通りを中心に馬の背状になっています。二本榎通り沿いが最も高く、そこから第一京浜に向かっても、桜田通りに向かっても下り坂になっているのです。 


この高台部分にはかつては旧奥州街道などが通っていたとされ、高輪の地名もそこに由来するという説があります。旧奥州街道が高台の縄手道(なわてみち。縄を引っ張ったようにまっすぐな道という意味)であったことから、「高き縄手」と呼ばれており、それが転じて「高縄」、さらには「高輪」に転訛したというのです。


この地域の高低は至るところで実感できますが、分かりやすいのは東京メトロ南北線・都営地下鉄三田線の白金高輪駅の1番出口にある港区の高輪コミュニティーぷらざです。建物1階は桜田通りに面しており、当然ですが建物を出ると同じ高さに道路があります。ところが5階に行ってみると、そこでも建物と同じ高さに道路があり、住宅があります。建物を挟んで桜田通り側は1階部分、高輪一丁目部分は5階部分が地表面というわけで、どれだけの高低差があるかがお分かりいただけるでしょう。


港区の高輪コミュニティーぷらざの建物案内図。建物を挟んで高さの違う出入り口があることが図化されています

江戸時代には大名屋敷が点在

海に近い(かつての東海道は海沿いだった)の高台ですから、風光明媚な場所だったのでしょう、江戸時代には諸藩の下屋敷(別荘)が点在しており、中でも有名なのが肥後熊本藩細川家です。二本榎通り沿いの皇族邸から並びにある都営高輪一丁目アパート、その背後にある高松中学校などにかけての広大な一画がかつての細川家の屋敷があった場所で、現在も庭の一部が保存されています。


塀で囲われた敷地内は鬱蒼とした雰囲気。皇族邸とは道を挟んですぐ隣の敷地にあります


といっても庭として保存されているわけではありません。江戸時代に起きたいくつかの有名な事件のうち、芝居やドラマなどでよく知られているものに赤穂浪士の討ち入りがありますが、そのリーダーであった大石良雄(大石内蔵助)ほか16人が切腹したのが細川家の下屋敷だったのです。現在は塀で囲われた一画の前に1998年に東京都港区教育委員会が設置した碑が建てられており、歴史的な経緯を知ることができます。

寺や和菓子店、歴史的な建物が点在 

大名屋敷のほかに多かったもの、そして現在も多いものが寺です。有名なのは前述した赤穂浪士たちの墓のある泉岳寺。元々は徳川家康が1612年に現在の警視庁の近くに創立した寺で、1641年の火災で移転してきたもの。現在は海外からの参詣客も多い観光スポットにもなっています。


泉岳寺入口。1836年に建てられ、1932年に大修理されたという中門。その奥にさらに山門があります


それ以外にも江戸時代の画家・英一蝶(はなぶさいっちょう)の墓があることで知られる承教寺、幕末に日本初のイギリス在外公館が置かれた東禅寺、通用門その他が重要文化財に指定されている瑞聖寺、壮麗な伽藍(がらん)のある高野山東京別院など挙げ始めるときりがないほどです。


また、古いまちでは昔ながらの商売が残っていることが多いのですが、高輪ではそれが和菓子店。庶民的な大福を売りにする店から、茶道で使うような生菓子を中心にする店など一言に和菓子と言っても多種多様。食べ比べてみるのも面白いかもしれません。


大正7年創業という大福の名店・松島屋。東京三大大福のひとつとも言われますが、ごく庶民的な佇まいです


もうひとつ、歴史を感じる建物が多いのもこのまちの魅力。二本榎通り沿いだけでも、1933年に建てられ東京都選定歴史的建造物に選定された高輪消防署二本榎出張所や、日本で最初に建てられたライト式建築の教会として知られる日本基督教団高輪教会、大正14年に建てられた洋館付き住宅堀江歯科医院、昭和初期建造の和菓子店旧とらやなど寺同様、こちらも挙げだしたらきりがありません。建物好きとしては何度歩いても飽きることのない楽しいエリアです。


和菓子の旧とらや。背後の建物は都営高輪一丁目アパートです


和風の建築が多いものの、高輪消防署二本榎出張所や日本基督教団高輪教会その他洋風の建物も少なくありません

お祭りや路地など、下町っぽい雰囲気も 

通り沿いを中心にタワーマンションやお屋敷など高額そうな住宅が並ぶ一方で庶民的な雰囲気もあるのがこのまちの奥深いところ。たとえば毎年5月4日、5日には桜田通りを挟んで反対側にある江戸初期の武将・加藤清正を祀る覚林寺で清正公大祭があるのですが、この両日の賑わいは下町そのもの。二本榎通りと桜田通りへ向かう天神坂を中心に並ぶ屋台とそこに集まる人の様子はいつものこのまちとは思えないほど。最初に訪れた時には港区の一般的なイメージとの落差にびっくりしたものです。


清正公大祭の時には桜田通りから二本榎通りに上る天神坂の両側に露店が出て大賑わい。祭り時の2日間だけ頂ける勝守りが人気です(2016年撮影)


とはいえ、たこ焼きや綿あめに交じって自家製ソーセージが焼かれていたり、ワインが並べられていたりもするので、しゃれた雰囲気も同時に味わえるのが都心らしいところでもあります。 


また、二本榎通りから坂を下ると細い路地や階段、古い木造住宅、アパートなどが残されている区画もあります。高低差のある区画の小さな場所は開発しにくいためでしょう。商店街もメリーロード高輪と名まえは変わりましたが、豆腐店、茶舗、雑貨店などがあり、盆踊りを主催するなど昔の風情を残しています。


坂を下った辺りには小規模な敷地に密集して建つ住宅も少なくありません


ただ、それが今度はどうなるか。上皇陛下がお住まいになられる期間はそれほど長くないはずですが、そもそもこの地域は品川駅や2020年春に開業する山手線新駅にほど近い場所。桜田通り沿いにタワーマンションが相次いで建った2004~2005年以降、それほど大きな開発がなかった高輪エリアですが、今後は影響が予想されます。せっかく、これだけの歴史的な遺産があり、緑も豊富な地域ですから、それを活かして歩いて楽しいまちであり続けて欲しいものです。


二本榎通りから第一京浜方向を見たところ。写真中央にかすかに見えるのは品川のビル群で、近さが分かります


●文中で紹介されたエリアで物件を探す


最終更新日:2019年07月29日

キーワードを入力してください

キーワードから探す


本文はここまでです このページの先頭へ

Yahoo!不動産 おうちマガジンとは?

不動産にまつわるマジメな記事からおもしろ記事まで、家さがしが楽しくなる情報をお届け!新しい暮らしのヒントが満載のマガジンです。