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多摩地区の中心として発展続く「立川」 駅周辺の再開発からさら...

2019年08月27日

中川 寛子

多摩地区の中心として発展続く「立川」 駅周辺の再開発からさらに魅力的に

IKEAなど商業施設が続々建設

多摩地区の中心として発展続く「立川」 駅周辺の再開発からさらに魅力的に

立川駅の北口側。ペデストリアンデッキが商店街や他の商業施設の方向に伸びています

交通の利便性に商業、ビジネス拠点としての重要性

東京の多摩エリアには町田駅、吉祥寺駅、八王子駅などといった地域の中核となる駅が複数ありますが、そのうちでも乗車人員(JR東日本)で考えるとトップは立川駅です。中央線特別快速で東京駅から約40分、新宿駅からは25分ほどという都心へのアクセスの良さに加え、多摩エリアを南北に結ぶ多摩都市モノレール線による拠点性が人を集めているのです。それだけではありません。駅周辺に集まる複数の大型商業施設はもちろん、駅北側には立川広域防災基地など公共機関・公共施設などが集中しており、ビジネスで訪れる人も多いまちです。


これまで南北の交通がなかった多摩エリアをつなぐように走る多摩モノレール。沿線では商業施設のほか、宅地など様々な開発が行われています

中央線開通で発展が始まった

江戸時代は甲州街道、五日市街道沿いの村落のひとつだった立川が一気に変貌を遂げたのは明治22年に甲武鉄道(現在の中央線の前身)の駅が誕生して以降。しかも、面白いことに当初、甲武鉄道は立川に駅を作る予定はなかったそうです。最初の計画では下高井戸、調布、府中から八王子を結ぶルートが検討されていたものの、地元の反対(と言われています)で頓挫し、次に青梅街道を通るルートが計画されたものの、こちらも頓挫してしまいます。


中央線のほか、南武線、青梅線が利用できる立川駅


そんな時期に地元の公立柴崎学校(現在の立川市立第一小学校)の設立にも奔走した地元の名士・板谷元右衛門氏が甲武鉄道に大規模な土地の寄付を行うなどして駅の誘致に成功します。その結果、甲武鉄道は新宿~立川間に敷設され、今の繁栄の礎となったのです。ちなみに板谷氏の本業は料理屋経営で、多摩川の岸辺で鵜飼いで獲った鮎料理を提供して大繁盛していたそうです。


次の変化のきっかけとなるのは大正11年に設置された立川飛行場です。当初は民間も利用する飛行場でしたが、1931(昭和6)年に羽田に飛行場が誕生したため、立川飛行場は陸軍専用となり、立川駅周辺には陸軍の航空関連の施設、工場が多数立地、軍都として栄えることになるのです。さらにその跡地は戦後、立川基地となり、全面返還されたのは1977(昭和52)年になってからです。

基地の跡地利用が今の立川に大きく影響

その跡地利用が現在の立川のまちに大きく影響を与えています。たとえば立川駅の近くには都内でも最大規模を誇る昭和記念公園がありますが、これは跡地利用で生まれたもの。オフィスや商業施設が林立する都市の近くに180ha、東京ドーム約40個分の広さがあり、花火大会やバーベキュー、水遊びにスポーツなど公園で楽しめることのほぼすべてが楽しめる場があるのは希少。立川に住む魅力のひとつとなっています。


昭和記念公園の立川駅近くには無料で利用できるエリアがあり、子ども連れのファミリーには人気です


また、北口にある再開発エリア・ファーレ立川も1994年に跡地利用で生まれた区画。伊勢丹、高島屋などの大型商業施設やホテル、オフィスビルなどが整然と建ち並んでおり、商業、ビジネスの中心地になっています。


7街区にオフィスビル、ホテル、商業施設、シネコンなどが配置された再開発エリア、ファーレ立川


また、このエリアには100点を超えるパブリックアートが点在しており、歩くのも楽しい地域です。


昭和記念公園に隣接する立川広域防災基地や旧文部省、旧自治省の研究・研修機関や立川市役所、東京地裁立川支部などの国や市の機関が集まっているエリアも跡地利用で誕生した区画。並木のある広い通り沿いに大型の建物が整然と並んでおり、駅前の喧噪とは異なる風景が見られます。


ちなみに立川広域防災基地は南関東直下地震、首都直下地震など大規模災害発生時に広域的対応を行う緊急拠点で、立川飛行場と内閣府立川災害対策本部予備施設を中心に、自衛隊、東京消防庁、警視庁、医療機関などの施設が集められています。地盤その他の安全性を考えてこの基地が配されていることを考えると、この一帯は住むに関しても安全な場所といえます。


立川広域防災基地は左側。角には国立病院機構災害医療センターがあり、道を挟んでIKEAがあります。さらにこの通りの奥には立川市役所も

大規模店などが中心、整然とした雰囲気の北口側

さて、そんな立川のリアルな姿をみていきましょう。まずは駅開業当時から発展してきた北口側から。いささか雑然とした雰囲気のある南口側に比べると前述のファーレ立川や公共施設のある地域、昭和記念公園などもあり、整然とした広い通りに大きな建物が目立つのが北口側。大型商業施設に交じって老舗の鰹節店がある商店街があったり、かつて何があったかを示す掲示があるなど歴史を感じる場所もあります。


北口側の駅前。大型店のほか、小規模な店もあり、様々な業種が揃っています


映画館が集まっているのも北口側。かつて立川には10館もの映画館があり、「映画の都」とまで言われたのだとか。現在はそれよりははるかに少なくなったものの隣り合うような距離に3館があり、映画好きなら楽しいはず。その中には今では他でも聞くようになった爆音上映の先駆となった映画館もあります。また、かつてあった名画座を偲ぶ立川名画座通り映画祭も開かれています。

 

右側手前は映画館。その隣の商業施設内にもシネマコンプレックスが入っています

モノレール沿いに商業施設などが続々誕生

北口側ではこのところ、新たな商業施設なども増えており、さらに建設中の現場も。その中心になっているのが多摩モノレール。モノレールの高架下にはサンサンロードと呼ばれる幅員40mの自転車・歩行者道路が北方向に550mほど伸びていますが、その延長線上に2014年にIKEA、2015年にららぽーと立川立飛がオープン。さらに現在はサンサンロードに沿ったところで立川基地跡地では最後の大規模開発と言われる建設が行われています。


多摩モノレール立飛駅前に誕生したららぽーと立川立飛。周辺にはアリーナ立川立飛など大型施設もあります


「GREEN SPRINGS」と名付けられた街区は 約3万900㎡もの広さがあり、ショップやレストラン、ホテルの他に客席数2500席の多目的ホールも計画されています。開業は2020年4月に予定されており、完成すればさらに人が集まるようになるでしょう。

 

緑の豊富なさんさんロード。イベントの会場として使われることもあります。左側は現在建設中の「GREEN SPRINGS」と呼ばれる一画です

飲食店が多い南口側は猥雑さも魅力

駅開業時に改札が無かったこともあり、北口側に比べて開発が遅れていた南口側ですが、2000年に多摩モノレールの立川南駅や新しい再開発施設などが次々にオープン。今では北口側に負けないほど人の姿が増えました。


立川駅南口側。北口同様ペデストリアンデッキがあり、商業施設間をつないでいます。駅ビル、ホテルなどもあり、賑やか


とはいえ、ウインズやそこを訪れる人を対象にした飲食店などがあることもあって、北口側よりもいささか猥雑な雰囲気も。活気もあり、まち全体のバランスで考えると、いろいろな顔のあるまちという言い方もできます。


南口側には各種の飲食店が集まっています


公園、大型商業施設に商店街、オフィス街に公共施設が集まる場所とひとつの駅の周辺に様々な区画があり、それぞれが賑わっているまち、立川。住む人が好みに合わせて使い分けられるまちといえそうです。



最終更新日:2019年08月27日

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