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コルビュジエに続き世界遺産に登録。フランク・ロイド・ライトっ...

2019年09月24日

コージー 林田

コルビュジエに続き世界遺産に登録。フランク・ロイド・ライトってどんな建築家?

日本でみられるライト建築も

コルビュジエに続き世界遺産に登録。フランク・ロイド・ライトってどんな建築家?

写真はライトの代表作のひとつ落水荘。アメリカ、ペンシルバニア州ピッツバーグ郊外のベアラン渓流に建てられた。ピッツバーグ市街からは車で1.5~2時間程度かかる。(写真:アフロ)

有機的建築という思想で近代建築に大きな影響を与える

フランク・ロイド・ライト設計の8件の建築物が、世界文化遺産に登録されることが決定した。建築に興味がなくても、その名前は聞いたことがあるだろう。ル・コルビュジエ、ミース・ファン・デル・ローエと並んで、近代建築の三大巨匠のひとりだ。


ライトは1867年生まれ、1959年に91歳で没した。「形態と機能はひとつである」という言葉を残しており、「有機的建築」というデザイン思想は近代建築に大きな影響を与えた。簡単に説明すると、「人間の有機的な生活を建築に反映させて、生活や人間性の質を高める」といったところ。これは、ル・コルビュジエの「住宅は住むための機械である」という考え方と対極にある。


特徴は自然と融合し共存するデザイン。周辺環境との関係性を重視し、土地と建物との一体化を目指した。緩いこう配と深い軒、連続した屋根、大地に根を張ったように低く安定した外観のプレーリースタイルが代名詞のひとつだ。


今でこそ、アメリカ郊外の典型的なスタイルとなっているが、元々アメリカの建築といえば、ヨーロッパの建築様式の模倣。ジョージアンスタイルやチューダースタイルが一般的だった。ライトが提唱したプレーリースタイルは新しい建築様式で、一気に名声を得ることになる。

手掛けたのは450件以上。8件の建築物が世界遺産に登録

生涯に手掛けたプロジェクトは1000以上、実作品としても450以上と言われている。多作として知られるが、今回、世界遺産に登録されたのは、落水荘、グッゲンハイム美術館、ロビー邸、ユニティ・テンプル、ホーリー・ホック邸、タリアセン、タリアセン・ウエスト、ハーバート&キャサリン・ジェイコブス邸の8件だ。


このなかで、プレーリースタイルの最高傑作と称されているのが、ロビー邸である。現在は、シカゴ大学のキャンパス内に移転されている。特徴は、プレーリースタイルを踏襲した低層で横へ広がる細長い水平のデザインと近代建築に影響を与えたオープンインテリア形式。外観は細長い赤レンガで、オーガニックマテリアルを多用しているのもライト建築らしい。室内も赤レンガが多用してあり、水平ラインを強調したデザインだ。所々に和を感じさせるテイストがあるが、これについては、後ほど触れよう。

 

ロビー邸の室内には暖炉やステンドグラスなど、ライト建築の定番がある。写真はイリノイ州観光局日本事務所のプレスリリースより抜粋。


8件のなかには、最も有名なライト建築も含まれている。落水荘だ。住宅建築の最高峰とされており、ライトが目指した自然との融合を突き詰めた作品だ。元々は、施主であるカウフマン一家がピクニックに興じていた場所。


建物は片持ち梁によって滝の上に大胆に張り出しており、その場所にあった岩をリビングの一部として活用した。このリビングからは、直接、水辺に降りることができる。落水荘の思想はプレーリーハウスと通じる有機的建築だが、そのデザインテイストは明らかに異なる。以降、ライトの住宅設計はユーソニアン住宅と称されるようになる。


住宅以外では、ニューヨークのグッゲンハイム美術館が有名だ。オープンの半年前にライトが他界したことから、生涯最後の作品となった。カタツムリの殻を思わせる外観が印象的で、メン・イン・ブラックなど、ハリウッド映画にも数多く登場している。今や、ニューヨークのアイコンのひとつといっても良いだろう。内部に入ると、最初にエレベーターで最上階に上がり、そこかららせん状の通路を作品鑑賞しながら降りてくる。


正式名称はソロモン・R・グッゲンハイム美術館。内部中央は吹き抜けになっており、天井から光が差し込む。当初は、美術品以上に個性が強すぎるという批判もあった。(写真:アフロ)

日本を愛したフランク・ロイド・ライト。帝国ホテルの設計も手掛ける

ライトの作品は、そのほとんどが母国であるアメリカにある。しかし、その一部は、カナダ、そして日本にも存在しているのだ。実は、ライトは日本への愛着が深く、日本の浮世絵や建築からインスパイアを受けていた。「もっともロマンチックでもっとも美しい」と讃えたほどだ。前述のロビー邸に和の雰囲気を感じるのは、こういったところからだろう。


ライトが初めて日本建築を目にしたのは、シカゴ万博の日本館鳳凰殿と言われている。宇治の平等院鳳凰堂を模した建築だ。この事実を知った上で、日本におけるライト建築をみると、なるほどと思うかもしれない。


日本のライト建築は、帝国ホテルの2代目本館、通称ライト館から始まった。着工は1919年で1923年に竣工している。左右対称で翼を広げたような外観のモチーフは、平等院鳳凰堂。内装は幾何学的な装飾と流れるような空間構成が特徴だ。構造は、10のブロックをエキスパンションジョイントで繋ぎ合わせており、一部に倒壊があっても全体には累を及ぼさない仕組みが取られた。


ちなみに、完成から1年後、関東大震災に見舞われるが、周辺の建物が倒壊するなか、ほぼ無傷のまま残ったという逸話がある。現在、玄関部分は博物館明治村に移築されており、当時の姿をみることができる。


フランク・ロイド・ライトの設計による帝国ホテル(東京都)。初代帝国ホテルは1890年11月に開業したが、1922年4月火災によって消失。1923年、ライトの設計による帝国ホテルが完成。この建物は1968年に解体された。(提供:MeijiShowa.com/アフロ)


帝国ホテルの設計のため、ライトは7年に渡り何度も来日をしている。その際、ほかの建築も手掛けた。日本におけるライト建築で実際に建てられたのは7件。そのうち、現存するものは2件だけだ。


そのひとつが、自由学園明日館。日本におけるライト建築の代表作だ。中央棟と西教室棟の設計をライトが手掛けており、典型的なプレーリースタイルだ。使用しながら保存する動態保存を実践しており、結婚式や講演会、コンサートの会場として一般に貸し出されている。


ホールを中心に左右対称のデザイン。中庭をコの字型の建物が囲む。ホールの窓には、ライト建築の特徴である幾何学模様が施されている。


ヨドコウ迎賓館(旧山邑家住宅)は、住宅建築で現存する唯一の作品だ。低い軒に水平線を強調した外観、加工しやすい大谷石の採用、左右対称の内装、部屋同士が緩やかにつながる空間設計など、さまざまな場所にライト建築の特徴をみることができる。


注目したいのは、自然との融合である。ライトは「家は丘の一部であるべきだ」という言葉を残しているが、ヨドコウ迎賓館はまさにその通り。丘の稜線を活かして、自然の傾斜に沿って一体化して建てられている。この傾斜によって、部屋の高低差が生まれて、緩やかにつながるユニークな空間設計が実現した。もちろん、山手の高台ならではの眺望も抜群だ。

プレーリースタイルを手掛ける輸入住宅も多い 

今でも、ライトの世界観は家づくりに大きな影響を与えている。水平ラインを強調し、部屋同士をひとつの空間として緩やかにつなぐプレーリースタイルは、輸入住宅における定番のひとつだ。


イリノイ州オークパークにある、ライト設計のハートレー邸(1902年)。(写真:アフロ)


ライト風の住宅は多くの会社が施工可能。なかには、フランク・ロイド・ライト財団から認定を受けて、その思想を基にした有機的な家作りを提案している会社もある。フランク・ロイド・ライトに憧れる人は、検討してみてはどうだろうか。

最終更新日:2019年09月24日

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